功名が辻感想ログ

功名が辻第44回「関が原」感想です。
1600年9月15日。西軍10万対東軍7万5千、布陣からしても西軍有利の関が原の決戦がいよいよ始まりました。
決戦の開始後、当軍劣勢という報せを受けても、毛利の見張りとしてじっと時を待つ一豊。
一豊は二度と会えないかもしれない千代に思いを馳せ、千代はその無事の帰りを祈願していました。戦場にいる者も辛ければ、待つほうも辛いですね。六平太の「千代のために生きよ」という言葉もあり、一豊は前に出て生き残る決断をします。六平太の千代を想う気持ちも、一つの生き方として一途だなと感じます。
戦場において、西軍に綻びが現れ始めます。戦局を決める大手となる島津が動かないということで、三成が問い質しに行けば「貴殿の配下ではない」と断言。
関が原以前に、家康に対する夜討を否定した三成に反発があったようです。しっかりと心を掴むことが出来ていなかったことが、大きく戦況に出てしまったんですね。正しさが誠実さと映り信頼を得る、と単純にいかないところが、人と人の関係の難しさなのかな、と思いました。
どちらにつくか未だ決めかねていた小早川秀秋は、大筒による徳川の脅しに驚き、三成に攻撃を仕掛けました。これが大きく影響し、他にも裏切りを続出。形勢は一気に徳川に傾き、勝敗が決したそうです。
決戦後の徳川方に現れた小早川秀秋ですが、諸侯の目はどこか冷たく白々しい空気^^;徳川の勝利の鍵であったとは言え、やはり裏切りは軽蔑されたようです。とは言え、福島氏の徳川への転身は三成への裏切りではなかったのかなぁと少し思いました。まぁ徳川についたのは関が原以前ですし、脅しによって転身したわけじゃないですけどね…。
関が原から帰る際、「勝つこともまた淋しいこと」と言い「屍を踏まぬように」と伝える一豊。本当に多くの命が失われたのですから、一豊の胸中が複雑になるのも当然だと思います。
川が赤く染まった…と言われるほどですから、合戦後の関が原は凄まじい光景だったんでしょうね。
敗走後の三成が素直に掴まった理由が来週明かされるそうですが、一体…?
(記述日:2006.11.11)
電脳茶店〜楽々亭〜